ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

西炯子さんの2つの連載の終了

 まず、『たーたん』は、ムロツヨシさん主演でドラマ化の企画があったけれど、別の小学館発行雑誌掲載作品に絡まる事象でぽしゃったという経緯がある。ムロツヨシさんは芸達者な俳優さんで、昨年の大河ドラマ『どうする家康』では、家康周辺の他の俳優さんとは段違いの不気味さで、まさに歩く暗雲という感じだった。きっとたーたんもうまく演じてくれたことだろう。漫画『たーたん』の主人公は、高校の同級生から押しつけられた乳児をどうにかこうにか15年間育て上げた。押しつけられた経緯とか赤ん坊の父親である同級生がその後どうなったのかとかぽろぽろと事情が明るみに出るたびに、主人公の底抜けの人のよさが際立つ。頭の片隅にちらりとおいおいたーたんそれはともかく法律上の手続はどうなってんだい?と思わないでもないけれど、父と娘として公営アパート(たぶん都営住宅だろう。)で慎ましく暮らすふたりの財布の紐は、いまや賢く成長した「娘」が握っている。

 最終巻ということで、尺の関係だろうか、「娘」が、実際に会った生物学上の父親に寄せる心情の変化とか若くして亡くなった母親への気持ちとか、そのへんはきれいに行間の闇に沈んでいったと思わないでもないけれども、旅の空でやはりもてている彼の姿はなかなかよかった。

 そして、『初恋の世界』。ちなみに「初恋」は、作者による読者への煽りの一種で、作中にそれらしい恋愛関係は一切出てきません。「角島」の高校の同級生4人が、40歳台を目前に、結婚、離婚、出会いと別離を軸にした忙しい日々を過ごすという話で、そこにはきれいな友達関係だけではない、嫉妬や自己否定などの気持ちが入り組んでなかなか苦しい。東京にいる妻とは不仲であると嘘をつくカメラマンや、もうひとつの家庭を営む夫やそれを容認する婚家など、面倒な関係者も多数出てくる。銀行の支店の人で、妻と娘たちはいるものの、残り少ない命を子持ちの主婦との逃避行に燃やしてしまった男性のエピソードもある。そして、若くしてフランスのレストラン業界で成功を収め、なぜか角島で新たな店を立ち上げようというシェフが主人公の前に現れる。これは、『「男」の人生』(「男」は、男扁に女)同様に、映画化に適しているのかもしれない。

 

 

 「△先生画業○十周年」などという文字が月刊誌の誌面を飾ることが増えたが、ほぼデビュー以来リアルタイムで西炯子さんの作品を読んできた者としては、この作家さんのものの見方は、おそらく『水が氷になるとき』の嶽野義人を描いたころから成長はしても本質に変化はないのだと信じたい。