この小説で描写される現実の時間はとても短い。
先週末から、ふと作中に出てきたガス壊疽のはなしを確かめようとして、本棚の上のほうにあった高村薫『照柿』の文庫本を上下とも捲っていた。ガス壊疽とは、ガス産生菌による進行性の軟部組織感染症で、ベアリング工場の熱処理棟で働く「達夫」の部下である「源太」という初老の工員が不調を覚えてわずかほぼ半日で絶命するような病気のようだ。高温の熱処理現場は嫌気性菌の巣窟らしい。
『照柿』は、中井貴一が合田雄一郎で、西島秀俊が森義孝を演じた崔洋一監督の映画『マークスの山』(1995)の原作の次作。わたしの手元にある文庫本は第1冊が2006年8月で、上巻の帯に「前面改稿12年目の待望文庫化」とある。1995年にNHKでドラマ化されているが、こちらの合田雄一郎は、三浦友和が演じている。
はじめてこの作品を読んだ当時、わかったような気になっていた幾つものことが、10年を経て、まったく見当違いの理解をしていたことが明らかになる。たとえば、情念とか愛執とかいったものは、ふつうの種類の鳥黐よりずっと厄介だ。