ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

人体600万年の歴史をたどってみて

 専ら寝る前に細々と読んでいたので、邦訳であるにもかかわらず、読み始めてから読了までずいぶん時間がかかった。上下巻で、マーカーを引いた箇所も数十に及ぶが(ふだん、わたしは、滅多に電子書籍に印を付けない。)、印象的に覚えているのは、たった2つの事項だ。

 ひとつめは、食べれば太ると分かっているのに、午後10時のチョコレートに手が伸びるのは、長い飢餓の時間を生き延びてきた人類の子孫としては、「正しい」行動であることだ。そこに食べ物がある。とりあえず、身体に取り込んで、脂肪に変えておくのは、2018年冬の東京23区海の(ほんの少しだけ)見える、暖房の効いた部屋にいる、育ち盛りをとうに過ぎたホモ・サピエンスの雌であるわたしにとっては間違いなく「悪い」行動だけど、数世代以前から10万年、100万年を遡っても、目の前の赤い果実は、『いま食べておいたほうがいい』か『いま子どもに食べさせておかなければならない』貴重な栄養だったのだ。

 もうひとつは、生命というのは、次の世代を生み出すために、そこにあるものであって、その生命体そのものの生存期間を長らえさせることは目的としていない、少なくとも主目的にはしていないということだ。これについては、妙に説明を省いて、生殖を行う予定のない人、子を儲けたけれども失った人、実子をもつことを望んでいるけれどもその機会を得られない人などにいたずらに悲しい思いをさせたくはない。余談ながら、わたしも、また、子をもたないまま世を去る予定である。でも、生命が、それ自体ではなく、次の世代のために存在することは、どうやら確からしいので、いろいろ無駄遣いせず、邪魔にならないように居心地のよい観客席から、若いホモサピの皆さんの奮闘振りを応援させていただくことにしましょうかね。