第8代将軍吉宗の治世の終期、江戸町奉行から寺社奉行に移った大岡忠相が遭遇した一大疑獄事件の記録である。
吉宗の時代といえば、1995年のNHK大河ドラマ『八代将軍 吉宗』でも描かれていたように、尾張藩第7代藩主宗春の放蕩と、吉宗の緊縮財政政策がしばしば対比される。同作は、貨幣経済の浸透が身分社会として設計された江戸期の日本を本質的に変容させたことを描いた堺屋太一原作の大河ドラマ『峠の群像』のその先を教えてくれた。さて、朝井まかて『悪玉伝』もまた、大阪の「銀」と、江戸の「金」との鍔迫り合いが引き起こした破綻を、ひとりの富裕で聡明な、しかし一介の町人である主人公の目から眺めた作品である。つまりこれは、大阪の理性が、江戸の官僚制に精一杯反抗する話でもある。
養家の木津屋の家産を殆ど奢侈や尚学で食い潰してしまった吉兵衛が、なにゆえ実家の辰巳屋の立て直しに奔走することになったのか、前半の謎はおいおい解けていく。薪を手広く商い、堅実な商売を続けている限り、身代を傾ける心配がなかったはずの辰巳屋が家憲に背いてまで大名貸しを含む貸金業に手を染めなければならなかったのはなぜかというのが、この作品の肝のひとつでもある。
卑小な個人の欲などではなく、なにかもっと大きな化け物が望んだ供物にされかかった男がいかにして虎口を脱しようとするかという話としても楽しめる。