ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

初めての電力需給ひっ迫警報発出

 きょうは、窓の外では雪が降っていた。

 警報は、最初、東京電力管内だけだったのが、22日午後になって、東北電力管内にも出された。いまどのくらい足りません、といいながら、NHKではカーリング高校野球、大相撲とスポーツ中継を継続していた。合間のニュースでは、スタジオの照明を落として、L字型で警報の発出を示しながら、上辺のテロップで、照明や暖房を控えめに、トイレの便座や洗浄水の温度を低めに、冷蔵庫の開閉を抑えめに、などと流し続けていた。

 特に午後3時から午後8時までは、もう一段階の節電を、と途中で「要請」されたり。

 わたしは、家にいるので、電気の使用を抑えておとなしめにしていればいい。停電になっても、数時間ならなんとかやり過ごせよう。でも、外に出ている人は、一旦停電してしまうと、帰宅する手段を断たれたり、寒いところで長く難儀をしたり、たいへん困ったことになる。そうした他人の辛苦は回り回って自分の首を絞めることになるので、わたしは、とにかく少しでも電気の使用を控えてつとめて、さらに「おとなしく」していた。

 

劇場

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  • 山﨑賢人
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 又吉直樹さんの原作によるものでは、『火花』が漫才師の、そして、『劇場』が劇作家の、理想と現実の矛盾に光を当てたものなのだろう。劇中に描かれる若い時期の無慚さをみても、感じる痛みは直接的ではない。経年によって、自分が生傷を負った時期のことをただのデジタルな記憶としてしか思い出せないこと、その事実についつい目がいってしまう。

 とにかく、松岡茉優の沈み方が、なにかのトリガーになりそうで、怖いのだ。彼女のように美しい二十代ではなかったわたしでさえ、松岡茉優さんの苦しい笑顔に、涙に、そして沈黙に自分を重ねてしまう。きれいな子は、あらゆる人間の依り代にされがちである。