ぴょん記

お暑うございます。

「悪所」というのは遊里と芝居と

 落語の廓話や、芸人の悪所通いのエピソードは、男はともかく女であるおかみさんたちや娘たちは、まったくしようのないものだと受け流してきたから、現代においても、大きなホールで語られたり、公共の電波に乗せられたりしている。

 たいへんな不景気に背を押されるようにして普通なら店に出てこないような美人がしばらくすると風俗業界にデビューするから期待してもよいといった芸人さんが批判されている。

 さて、「貧困層が増える巨大災害がビジネスチャンスです」と、「ショーン」君がいったのは風俗産業のことではなく、『ディザインズ』4巻の中で、胎児ビジネスに言及したときだ。いまだ倫理的に判断のついていない、つまり公に禁止されている再生医療に胎児の細胞を用いるような場合でも、ドナーを提供しうる貧困層が厚みを増す巨大災害の時期には、売り手が多いから買いの単価が下がり、マーケットも拡大して商売としてより旨くなるものだと少年のようなショーン君はきっと顔色も変えずにいうのだろう。

 そのときの経済の状態によって労働力の担い手としての人間の価値が上がったり下がったりすることは、わたしたちはある程度まで受け容れている。それが金のために、臓器をとって売るとか、胎児をどうのこうのとか、そういう話になると、世の中にはそういう話があることを了承しつつ、とりあえず身の回りにはそういう話はないからと、とりあえずないことにしてしまう。わたしもね。

 お金をもらって、身体への接触を許すというのは、形態はいろいろあるだろうけど、人間が自分の身体をどこまでも好きに扱っていいという話として語ってもよいものだろうか。単純にひっくり返せば、相場の金を払えば、相当の行為を相手の身体に対して行うことが許されるのかということにも繋がるのだろうけど。