ぴょん記

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危険を冒しても改革を求める立場

 きのうのエントリを書いたあと、世の中の人はどんなことをこのdefundについて考えているのか、あらためて眺めてみた。アメリカ在住のある日本人ジャーナリスト*1は、黒人や肌の色の濃いヒスパニックの人々にとって、警察官は、もはや犯罪から自分たちを守ってくれる公務員ではなく、検挙人数の点数稼ぎにむやみやたらと難癖をつけてくる厄介極まりない存在になっているという。だから、そういう警察官を擁する警察機構を解体して、改めて「自警」というかたちで、治安を維持するためのシステムを作っていくべきだという潮流が生まれていると説明されていた。

 アメリカに住む、現地の人の話を聞くということを重ねて、その日本人ジャーナリストは、警察がいったんdefundされて、新たな民主的組織として再生される改革を支持するに至ったのだろうと思う。わたしは、そのなまの声をしらないので、defundされた警察が人的な意味で新陳代謝はおろか、現状の維持すら阻害されて、凋んでいく横で犯罪件数が延びることを危惧したのだけど、アメリカ合衆国の少なくとも一部の町では、警察こそが市民の頭痛と恐怖の種になっているらしい。

 暴力を行使することをわたしたちは禁じられている。自然法的にであれ、制定法によるものであれ、相互に暴力に訴えないと約束しているから、わたしたちは、ひとりで外出して家の中で安心して眠ることもできる。その約束を破った者がでたとき、それをやめさせる任務を帯びているのが警察官で、だから警察官は、ときには武装している。防御と攻撃のための訓練も受けている。それは、正邪の色のついていない「暴力」で、単体の警察官、組織としての警察は、誤解を恐れずにいえば、ひとつの「暴力装置」と呼ぶことができる。それが、無辜の市民に牙を剥いたとき、あるいは、微罪を犯して抵抗の意思をみせない市民に量的に過剰に威力を向けたとき、本来頼りとすべきものによってなされた暴戻の前に、みな、恐怖して、次いで、激しく怒る。

 そういうことなのだろうなと思った。

 

三体

三体

 
三体Ⅱ 黒暗森林(上)

三体Ⅱ 黒暗森林(上)

 
三体Ⅱ 黒暗森林(下)

三体Ⅱ 黒暗森林(下)

 

 

*1:わたしもその人の雑誌の連載記事を長らく愛読している。