ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

このごろの週後半

 自分用メモを兼ねて。朝は、5時前後に目を覚ます。顔を洗ってお湯を沸かしながら、メダカにごはんを。鉢のメダカらも大きくなってきたので、水槽のメダカと同じ大きさの餌で済むようになった。朝顔は、先日、最後に見事な一輪を咲かせてみせてくれた。お湯が沸いたら一旦火を止めて、またもう一寝入りしたり本を読んだり。6時を過ぎたら菜っ葉を茹でてコーヒーを淹れる。わたしは、朝はあまりたくさん食べないようにしている。それなのに旅に出ると、昼餉より多いくらいの和食をきれいに平らげてしまう。もしかしたら、身体としては、朝ももっとたくさん食べたいのかもしれない。しかし、かわいそうだがその欲求は充たしてやることはできない。

 家族が勤めに出掛けるのを見送ってからは、服薬、2冊の日記書きと、ルーティンの勉強。天気がよければ机での作業と並行して「センタッキ」に洗濯をしてもらう。せめて干すのは、わたしが。ひとりの昼餉は食べたり食べなかったり。ふしぎと食べなければ食べないでも過ぎるのだ。もしかすると、食欲に関しても、ウェブレンのいう、「他人の欲望を欲望する」が妥当するのだろうか。まさかね。ともかく、たまに板チョコ1枚ぺろっと平らげたりしながら、昼下がりは過ぎていく。

 夕飯は、わりと早めに仕度を始める。なぜならば、長時間、台所で立ち仕事を続けられないので、出汁を引いては休み、野菜の下拵えを済ましてはまた休み、と仕事の総量はたいしたことがないのに、時間だけは人並みにかかるからだ。お湯が沸くまでとか人参に火が通るまでなど、座るまでもないけれど待っているにはやや時間がかかるときは、台所で少しずつ乾いた洗濯ものを畳んでしまう。

 家族が帰ってきて夕食が済むと、よほどのことがない限り、すぐに食器を手で洗う。食器洗浄機を設置しようと再三提案されたけれど、わたしたちのふだん用いる食器は、ものすごく高価ではないけれど、土ものが多くて、実家の食器洗浄機の動作をみるにつけ、これをあれで洗うのはかなり無理があるんじゃないかと思う。あくまで感覚的なものだけど。片付けが終わったら、風呂に入って歯を磨いて、早い日には20時前に寝てしまう。

 そういう感じで。

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糸が細いから糊付けして織っているとは

 まったく想像していなかった。奈良ふきんでそうなのだから、京都の扱いの蚊帳ふきんもきっと同じ理由で糊がきついのだろう。