ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

ブッフェの昼下がり

 しばしばわたしが「ブッフェ」と書くものは、世間では「バイキング方式」と呼ばれる、ずらりと並んだ料理や飲みものから好きなものを好きなだけ選んで自席で食べるスタイルである。この用法が正しいものなのかどうか、実はわからない。

 花と緑の観覧車で思い出したが、かつてうちの近所には、週末の昼や夜にブッフェで食事を出す店が何軒かあった。カフェのような軽食堂や、少し上等なビジネスホテルのダイニングで、昼なら2000円前後、夜になるとその5割増しくらいで、けっこう選択肢の多いブッフェを出していた。ウィークデーに夜遅くまで働いてぼろぼろになった身体をなんとか一晩で建て直して、そうしたブッフェを催している店のひとつに転げ込み、買いもの、調理、片付けの要らない食事を楽しむことは、20代のわたしにはささやかな贅沢だった。

 調度が贅沢であるとかテーブルからの眺望に恵まれているとか、そういうタイプの場所での食事ではない。たいてい周りの席に陣取るのは、自分たちと同じような20代の半ばから40代のはじめぐらいまでの、あまり顔色のよくない、少なからずストレスを溜め込んだ勤め人たちのカップルで、優雅さにはほど遠い雰囲気のもと、黙々と平日に食べはぐれた昼食や夕食の供養のためにハイカロリーなアラカルト(オードブル?)を身体に詰め込む。そのころ、おひとりさま2000円のブッフェの原材料費は、600円か700円ぐらいだっただろうか、とにかくリピーターを確保するためには、多少の目新しさを常に意識しないわけにはいかないらしく、小さな小さなケーキのグループには、ティラミスやパンナコッタも並んでいた。

 それは、失われた二十年だか三十年だかに入ったばかりの頃のことで、とりあえず働く気があれば仕事の口はなんとか得られたものだった。洗濯物を干す、仕事の下調べをする、駅から急いで帰って夕食の仕度をする、の繰り返しでウィークデーのさまざまな約束事に流されていき、ようやく流れ着いた週末のブッフェでやっと人心地がつくのである。それだって毎週出かけていくわけでもなく、せいぜい3週に1回の頻度だったけど。

 いま、少なくともうちの近所では、そういう週末の昼食を出す店は、おそらく存在していないだろう。

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わたしには50mlぐらいがちょうどいいみたい。