ぴょん記

きょうからしばらく雨降る日々

砂川文次『臆病な都市』

 COVID-19による感染症蔓延のはるか以前に書かれた、疫病対策をモチーフのひとつとした小説。同じ作家による『市街戦』の、重い装備品を背負ってひたすら長い距離を歩き、野宿する演習を想起させる、地道でおとなしい、お役所仕事の連続がしばらく続く。

 主人公「K」の属する首都庁は、実際に西新宿に所在する東京都庁を思わせる建物の中にある。その中層階で、Kは、首都内の基礎自治体の「声」を取りまとめ、首都圏の他の広域自治体と連携をはかる。そして、あらゆる事柄に関する基本的な方針は、「国」である「衛生省」から「降りて」くる。外形的にKらの営みは、法治行政や法律による行政の原理という講学上の概念にほぼ沿ってはいるが、実際に優先されるのは、自己保存を至上の目的とする組織の原理であったり、流れを読む水棲動物のような感覚であったりする。

 そのようなおとなしやかな日常が後半、一変する。ああ、「あのとき」も、整頓された役所の机の上で起案された計画がしかるべき手続きを経て肉付けされ、法規となって、能率のよい究極の剥権処分が日夜繰り返されたのだと、この小説を読む人は、きっとうすぐらい記憶の底を探ることになるだろう。