ぴょん記

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蓋棺録としての兼実の述懐

 一昨日、Kindleにいれていた井上靖後白河院』を読了した。後白河院が、乳母の紀二位の夫である信西入道に抱いていた感情の片鱗が現れるシーンがある。新造成った内裏の各殿舎の説明を後白河以下の数人に対して入道が行っている。学者肌の入道は、柱の由来などをその対象にひたと視線を向けて行っている。それを聴く後白河の視線は、乳母の夫であり、自分の最高のブレーンに注がれている。後白河の気持ち、信西の思い、これがなんとも噛み合わない。

 後白河の父は鳥羽法皇、母は待賢門院藤原璋子である。母を同じくする兄弟のひとりに、崇徳天皇。その崇徳帝は、鳥羽によって出生を疑われ、美福門院所生の幼い近衛天皇に早々に譲位するように命じられる。疑いとは、つまり、崇徳は、鳥羽にとっては祖父にあたる白河法皇と璋子の間の子ではないかということである。そういう不幸な兄をもち、だからといって両親の仲らいは必ずしも不和一辺倒というわけでもなく、しかし、母である待賢門院のほかに、美福門院や、高松院という有力なきさきである女院をもつ父法皇のしく院政の時代に育った後白河は、自ずと機嫌のよさそうな笑い声を立てる、今様好きの君主として立たねばならなかった。

 義朝、清盛に次いで、義仲、行家、義経という武家たちがみやこに押し寄せては引いていった。そして鎌倉殿。朝廷のあるじとして、後白河は、彼らに対峙しつつ、けっして自分に忠義を尽くすわけではない多くの公卿たちを背後に負っていた。本来、皇室の藩屏として、法皇以下の皇族を守るべき貴族たちが、こっそり武力の担い手である者らと誼を通じているのだから始末に負えない。

 だからこそ、殆ど選択の余地なく、おかみは「そのように」あらねばならなかったのだ、と兼実が振り返ることで、井上靖後白河院』は幕を下ろす。

 

後白河院(新潮文庫)

後白河院(新潮文庫)

  • 作者:井上 靖
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2014/02/07
  • メディア: Kindle