ぴょん記

食べる、遊ぶ、学ぶ。

説明のつかない行動、それを自由という

 小麦粉は、40gぐらいしか残っていなかったけれども、ベーキングパウダーの小袋1つを景気よく加えてぐるぐる回した。それから卵液、パン粉、追加の卵に喜界糖、天ぷらの衣(同量の小麦粉と片栗粉を水で溶いたもの)を泡立て器で軽く混ぜて、温めておいたフライパンでオリーブオイルをつかって焼いた。もう1週間早かったら、室温が高すぎて衣などは一晩保たなかったことだろう。焼き上がったらフライパンにフタをしたまま、夜までそのまま。

 

 まだ、鬼そのものなのだけど。

 それでも、きょうは、少しだけ離れた場所にあるミスタードーナツでドーナツをテイクアウトして、ついでにバレンシアオレンジジュースだかなんだかを喉が渇いていたので一気に飲んだりしていた。ご存じの通り、果糖は、身体に取り込むためには水を必要とするようで、大量に飲むとかえって脱水に近付くらしいけれど、麦茶なんて身体にいいもの、口にしている場合じゃなかったのだ。そう、愚行権の行使の一種。このごろ左の肩の筋肉がわたしには珍しく張っていて、きょうも歩を進めるごとに腕の付け根がしくしく痛んだけれど、歩くにもタクシーを頼むにも中途半端な距離を休み休みでも歩くしかなくて、そういう辛抱をしかねる自分の根性のなさにもほとほと厭気がさして、しかし、さすがに中途半端な遠さだけにそのうち区役所に着いて用事もなんとなく済んでしまった。

 帰りに自宅とは反対の向きのバスに乗って、用事のひとつは済まなかったけれども、もう一つの目的のドーナツショップには寄ることができた。出前館でもミスドの宅配はあるけれど、好きなのを選べるわけではない。大人になってからは、どこの町に住んでも、オールドファッションひとつとコーヒーを頼んで、文庫本を広げて30分ぐらい過ごすのが好きだった。そういうのを止めて、もう何十年が過ぎただろう。

 そう、ミスドに寄らなくなったのは、シアトル系コーヒーで街での寛ぎの時間をもつようになったからだ。会計検査院の入っていたビルのタリーズ、神田の靖国通りスターバックス、部レンズコーヒー。

 そういう時期を経て、わたしは長い療養生活に入って、そしていまは世の中も、長い時間を市中のコーヒーショップで過ごすには適さない時間となった。

 つまらないことだ。

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