ぴょん記

上古文学、外国語、数学、調理、編みもの、縫いもの、競争法

Geschichte

おかあちゃんの不思議な分身

『京兎銭兎』の18年初夏編。

露を抱える芋の葉を掻き分け

一条のおとどのお屋敷に、伊勢どのがまた参って、わたし同様に筑紫どのの頤使に従うようになったのは、若君がお二つのはつなつを迎えられたころだった。上臈女房で年齢もかなり重ねている筈なのに、ご大家の主婦として大勢の家族や使用人の取り回しになれて…

おかあちゃんたちの戦勝記念日

お料理が面倒なわけでも誰が苦手ちゅうわけでもないんやけど、と、おかあちゃんがひとりごちながら台所に立っていた。ふんふん、と僕が軽く相槌を打つと、びくっと小さく肩をふるわせて、あらあんたおったんやったらはよいうて、と笑わはった。僕は、踏み台…

春や、みやこは

お仕えしているにょおうさまの物詣でにお供するので衣装を調えているが、手持ちのものではいだしぎぬとしてみたときの様子が気に入らないのでなんとかしてほしいと、はらからが文でいってきた。このおんなはらからは、みやこが寧楽にあったころ、諸兄のおと…

おん主の頽落

おれはもういかんのかもしれぬなと衾を引き掛けて横臥したままであるじの殿がおっしゃったので、わたしは、いつものように聞き流して、そこかしこに脱ぎ散らかされていた御衣を簡単に畳んでからそばにいた小女房に下げさせた。わたしやほかの者が取り合わな…

うさぎの年越し

大晦日の午後から、山田の一家と一緒に有馬温泉の旅館で過ごしたから、元旦の昼過ぎにおうちに戻ったときはなんとなく抜き足差し足するような気分だった。ぼく、それだけ殊勝な心持ちでおったのに、帰って玄関がらりと開けた瞬間に、おかあちゃんがぼくの襟…

因幡のおつかい

塗りの筥に清げに薄様など敷き散らし、その上に搗きたての餅を手早く丸めたものをわたしの上司である筑紫どのは厨女に命じて用意させた。本来ならばこの月もわたしが伺うべきところじゃが、お方さまが産み月に入られ、お側を離れることは憚られるゆえ、因幡…

妻であることの意味

たとえば、世に認められた妻たる人がいる男性が、旬日に一度、母でも姉妹でもない妻とは別の女性のもとに泊まって朝になればまた妻のいる家に帰るという暮らしを何十年にもわたって続けていたとき、その妻とは別の女性は、彼にとって、次妻なり妾なり、とに…

あの日のアバンチュール

数日来、風邪引きが出たり自分もおよそ活発な気分でなかったりしておとなしくしていた。そういうときは眠っている間にこれは夢だと意識して過ごす時を与えられたり、反対に覚めていても微睡みの中に在るような心地になったりする。むかし、始終、そのような…

妻を譲渡するということ

『少将滋幹の母』を読んで、在原業平の孫にあたる夫人が大納言国経からその甥の左大臣時平に宴の引き出物として譲渡されたエピソードから、作者の谷崎自身のある逸話を思い出す。それは、奥さんの千代さんを佐藤春夫に譲ったという、昭和5年(1930年)…

少将滋幹の母

日本版ウィキペディアで平安初期の著名人を調べていたら、時平が伯父の国経の北の方を掠って自分のうちに連れ帰ったエピソードが出てきた。時平は当時左大臣で、国経は大納言。在原棟梁のむすめである国経の北の方は、つまりは在原業平の孫でたいそうな美人…

闇に漂うふるさとの灯り

しゃがれ声の老人の、「はい、出発。」という、じつに曖昧な合図にしたがって、ほぼ真っ暗な駅前のロータリーからまずは商店街の外れのスーパーマーケットの駐車場を目指して、思い思いの運動着、背中に手書きのゼッケンをつけた中高年の男女がぞろぞろと走…

愛人

「公家の姫が御中臈になることはあっても、大名の娘が徳川将軍家の側室に上がることはついぞなかった。その理由を1500語程度でリポートせよ。」 日本近世史の基礎ゼミの課題を前に、ミカはため息をつく。「姫」と「娘」、「なる」と「上がる」。問題文の…